ばあちゃんのこと

部屋を掃除していたら、じいちゃんばあちゃんからの短い手紙が出てきた。自分が大学生の頃、じいちゃんばあちゃんから定期的に食べ物などが送られてくるときには、こうした手紙が同封されていた。手紙はいつもじいちゃんがワープロで書いていた。

「爺ちゃんも,ばぁちゃんも元気。」

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じいちゃんは、ある程度心やもろもろの準備が整った状態で死んでいったけど、ばあちゃんは、本当に突然死んでしまった。死ぬときまでかなり元気だったし、持病もなかった。その日ばあちゃんは、朝起きて、いつも通りに朝ごはんの準備を始めて、おにぎりを握っている最中に倒れて、そのまま救急車で病院へ運ばれて、一時間ほどで死んでしまった。

その前日、ばあちゃんから私へ電話があった。疲れていたこともあり、ばあちゃんからの着信が鳴り終わるまで、ぼーっと画面を眺めていた。結局その日には折り返し連絡もせず、留守電を聞いたのは、翌日、ばあちゃんが死んだと知った日の夜だった。



ばあちゃんとの関係は、上手く表せないけど、少なくとも好かれているわけではなかったと思う。弟が誰よりも溺愛されていたことは確かで、遺産はすべて弟にあげたいと話していたこともあった(実際にはそうはならなかった)。また、ばあちゃんが亡くなったのはちょうど弟の大学受験の最中で、ぱらぱらと結果が出始めていた頃だった。その時点での結果はあまり芳しくなく、私やお兄ちゃんの大学よりもだいぶ偏差値の低いところにしか受かっていなかったが、ばあちゃんは周囲に弟が一番よい大学に受かったと伝えていた。

 

ばあちゃんに関わる、嫌な思い出がある。

まだ私が小学生だったころ、昼下がりにばあちゃんとふたりで部屋におり、ばあちゃんは洗濯物を畳んでいた。ある家族について「◯◯はあのとき死んでおけばよかったんだよね」と、何気ないトーンでばあちゃんが私に言った。突然のことで、私はひたすらに驚いて、腹立たしいやら意味がわからないやらで、クソババアお前が死ねばいいんだよと叫んで部屋を出て行った。こうした言葉を人にぶつけたのは、このとき以来ない。このことは家族の誰にも言えなかったし、これから言うつもりもない。

他にも、保育園のころ、これまたばあちゃんと自分がふたりで家にいるときに、自分の友だちの祖父母宅を指差して「あそこは人殺しの家だよ」とニヤニヤしながら言ってきた不穏な記憶がある。ニヤニヤと書いたが、ばあちゃんは普段から何やら笑ったような顔をしていたので、普段どおりの笑ったような顔をして、そんなことを話していた。あと、発熱して中学校を休んだときに電話をかけてきて長話を始めたため、熱があってしんどいから切るねと電話を切ったら、なんと伝えたのか知らないが、「ばあちゃんから聞いたぞ」とブチ切れた父に部屋の扉を蹴られまくった記憶がある。

まあ、ばあちゃんも人間だし、あのときには虫の居所が悪かったのかもしれないし、あれだけ一緒に過ごしたうちにあるいくつかの不穏な記憶など気にせずに他の思い出で包みあげてしまおうと考えたことも何度もあった。が、向けられた悪意に対してまだなすすべのない子どもをわざわざ選んでそうしたことをする卑劣さやいやらしさを感じてしまい、どうしても忘れてしまうことができないでいる。

 

「◯◯ちゃん、んふふ、ばあちゃんだよ」から始まった留守電には、わたしの帰省を楽しみにしている旨のメッセージが残されていた。ばあちゃんは、なにも面白くなくても笑いながら話をする。
その日はほかの兄弟には電話をかけておらず、電話がきたのは私だけだったらしい。そして、それがばあちゃんが最期にかけた電話になるそうだ。

正直、どうしてこんなときに限って、と思った。別に私のことを好きなわけでもなかったのに、よりによってこんなときに。

電話に出られなかったことを人に話すと、「好きだった / お世話になったばあちゃんの電話に出られなかった後悔」のカテゴリーに分類される話題だと思われたりする。でも、そのカテゴリーに収めるには、はみ出る部分が多すぎた。感情の収めどころがわからなかった。
それから何ヶ月も、ふとしたときにばあちゃんの目を思い出した。私はあの目つきが本当に嫌いだった。こちらを伺うような、見下すような、値踏みするような、縋るような、怯えたような目。
家族のだれも私が電話に出なかったことを責めなかったし、そのときのことについて詳しく聞くこともなかった。でも、ばあちゃんは責めるだろうと思った。きっとあの目で私を見てくるのだろうと思った。

 

ばあちゃんが死んでから、嫌な夢をみることが続いた。だれかに殺されたり、潜水したプールの底に死体がたくさん並べられていたり、学校で殺し合いが起きて友だちがどんどん殺されて、私は怖くなって人間として生きるのをやめてどうぶつドーナツになったり、そんな夢だった。夢にばあちゃんが出てくることもあった。それも嫌な夢だった。電話に出なくてごめんねとも思った。でもそれよりも、ああ夢にまで出てきてそんな目をして、本当に嫌なばあちゃんだと思った。

ばあちゃんが死んでから半年ほど経ったとき、私はまた夢のなかで殺されて、気付いたらじいちゃんばあちゃん家にいた。家の中は静かで、ばあちゃんは実際に死んだときと同じように、寝室で白い服を着て寝ていた。私はばあちゃんに泣きついて、ごめんね、ばあちゃんごめんねと謝った。ばあちゃんもすぐに目を覚まして、ふたりで抱き合って泣いた。

目が覚めたとき、私はばあちゃんに好きになってもらいたかったし、好きになりたかったと思った。